スポーツ選手と鼠径ヘルニア

腹筋を鍛えても防げるか?プロはどう克服したか?

スポーツをやっている人なら、一度は聞いたことがある「鼠径ヘルニア」「スポーツヘルニア(athletic pubalgia)」。「腹筋を鍛えているのに鼠径部が痛む」「プロ選手はどう乗り越えているの?」という疑問について詳しく解説します。


Q1: 腹筋を鍛えても鼠径ヘルニアになるのか?

答え: はい、腹筋を鍛えていても発症する可能性があります。

なぜ腹筋だけでは不十分なのか

鼠径ヘルニアは、腹壁のある部分(腹腔内の膜・腱・筋が弱くなる箇所)から内臓(腸など)が押し出される状態です。予防には腹筋だけでなく、以下の要素が重要です:

  • 腹壁全体の強化
  • 腹圧のコントロール
  • ひねりや急動作への耐性

リスクが高まる場面

腹直筋だけを強化して、側腹筋・内腹斜筋・外腹斜筋・腹横筋の協調性が低いと、鼠径部などの弱い部分に負荷が集中します。特に以下のような動作が多いスポーツではリスクが高まります:

  • 重い荷重を使った腹筋運動
  • 急激な腹圧上昇を伴う動作
  • 体幹をひねる動き(キック、ダッシュ、ジャンプなど)

効果的な予防法

腹筋トレーニングは有効ですが、それだけでは不十分です。以下の要素をトータルで鍛えることが大切です:

  • 体幹・コア全体
  • 腸腰筋・股関節周り
  • 骨盤の安定性
  • 柔軟性の維持

Q2: 有名選手・アスリートでの事例

以下は公表されているプロアスリートの例です:

Phil Heath(ボディビルダー)

  • 競技: ボディビルディング
  • 実績: 7回のMr. Olympia優勝
  • 経過: 鼠径ヘルニア手術後、3日で軽めのトレーニング再開

Harry Kewell(サッカー選手)

  • 所属: リヴァプール・ガラタサライ
  • 症状: 鼠径部の問題(スポーツヘルニア様のgroin痛)
  • 治療: 手術により回復

Peter Philipakos(サッカー選手)

  • 症状: 左側鼠径ヘルニア
  • 治療: 手術により6〜8週間の離脱後、復帰成功

Marcelo Gallardo / Gonzalo Peralta(サッカー選手)

  • 症状: スポーツヘルニア(Gallardoは両側)
  • 治療: 修復手術後、数週間から2か月程度で復帰

これらの例から学べることは、適切な診断早めの手術術後のリハビリが復帰の鍵ということです。


Q3: プロ選手はどうやって克服したか?

スポーツ界で鼠径ヘルニアを克服したプロは、以下のステップを踏んでいます:

1. 早期診断

  • 痛み・違和感を放置しない
  • MRI・ダイナミック超音波検査で静的・動的な状態を確認
  • 「動かしたときに鼠径後壁が突出するか」などをチェック

2. 非手術的治療を試行

  • 安静: 痛みの強い動作の回避
  • 理学療法: コア・体幹・股関節周囲の筋力強化、柔軟性改善
  • 動作修正: スポーツごとの動作(キック・ツイスト・ランニングフォームなど)で不要なストレスを軽減
  • 改善が見られなければ手術を検討

3. 手術選択時のポイント

  • 開腹法または腹腔鏡(laparoscopic)手術
  • メッシュを用いる方法など、症状と個人差による術式選択
  • 術者の経験と術式の選択が復帰のタイミング・質に直結

4. 術後リハビリと復帰プラン

  • 初期: 歩行、水泳、非常に軽い体幹トレーニング
  • 中期: 徐々に負荷を上げ、競技特有の動作を慎重に復旧
  • 完全復帰: 通常2〜3か月を要することが多い

Q4: スポーツ別の予防法・鍛え方

スポーツ 特に負荷がかかる動き 予防法・鍛えるべきポイント
サッカー・ラグビー キック、タックル、ひねり、ダッシュ・ストップ • 股関節の可動域を広げるストレッチ<br>• 内転筋・外転筋の強化<br>• 側腹斜筋・腹横筋など体幹スタビライザー筋の強化<br>• 素早い動きの前の入念な準備運動
陸上・短距離・ハードル スプリントの爆発的スタート、ストライド、ひねり • 股関節前部(腸腰筋)の柔軟性と強さのバランス<br>• 着地時・踏み込み時のフォームチェック<br>• コアの耐久性向上練習
野球・テニス・ゴルフ ひねり動作、投球・スイング • コア回旋筋群(腹斜筋など)の左右差解消<br>• 肩・胸郭・骨盤の可動性維持<br>• 腰椎・骨盤の安定を意識した筋力強化

Q5: 復帰までの道のりのモデルスケジュール

以下は一般的な目安です(競技レベル・術式・選手の回復力により変動):

期間 内容
術前〜手術直後(0〜1週) 手術準備、痛みコントロール。安静、軽い歩行
1〜2週間 軽めの体幹・呼吸・ウォーキングなど。激しい動きは避ける
3〜4週間 筋力トレーニング徐々に開始。静的ストレッチ、軽いジョグ、水泳など
5〜8週間 競技動作を段階的に復活(カッティング、ツイスト、キックなど)
2〜3か月以降 フルコンタクト・試合復帰。完全な競技強度での練習

実際のプロ選手の復帰例

  • Phil Heath: 手術後3日でジム復帰、1週間でプレ手術レベルのワークアウト再開
  • Peter Philipakos: 6〜8週間離脱後、徐々に復帰
  • Gallardo・Peralta: 1〜2か月の回復期間を経て試合復帰

Q6: 症状があるなら、どう判断・いつ受診すべきか?

受診を検討すべき症状

  • 鼠径部または下腹部に「動いているとき・力を入れたとき」の痛み・膨らみ・違和感
  • 安静時には軽く、動くと悪化するタイプの痛み
  • 膨らみが立つときに見える・咳やくしゃみで出る・仰向けで押すと戻るような症状

緊急性のある症状

  • 非常に強い痛みや吐き気を伴う場合(嵌頓の可能性)

このような症状があれば、スポーツ外科・一般外科・ヘルニア専門医に早めに相談しましょう。


まとめ

スポーツ選手の鼠径ヘルニアについて、以下の点が重要です:

予防について: 腹筋だけを鍛えていても鼠径ヘルニアは起こりうる。体幹・股関節・側腹筋など「全体のバランス」を整えることが予防には不可欠。

プロの事例: Phil Heath、Harry Kewell、Peter Philipakosなど多くのプロアスリートが発症しているが、適切な診断・治療・リハビリを経て復帰を果たしている。

治療の流れ: 非手術法をまず試し、改善しなければ手術も選択肢。復帰までのロードマップを理解しておくことが、選手としてのキャリアを守る重要なポイント。

早期発見・早期治療により、多くの選手が競技に復帰できています。症状を感じたら我慢せず、専門医に相談することが大切です。